公衆衛生ではなく産業支援?!

●大阪の統合案には、公衆衛生の機関に別の役割を持たせる、あるいはその役割を転換させるような意図が含まれています。それは産業分野の支援をする機関にする、というものです。その問題性について、ここで考えてみたいと思います。

 

議事録をみると、研究所を産業に資するものとして戦略的に法人化するか、そうでなければ組織を縮小してあとは徹底的に民営化する、という旨の発言があります。地方衛生研究所を、現在大阪府・市が保有するバイオ分野の資源とみなして、地場産業に資する機関にしようというのです。

 

議事録はこちら この発言は10p.

 

その考えは、「統合に向けた提案」(以下「提案」)に明確に現れています。

 

「統合に向けた提案」はこちら

 

「提案」の3枚目「『あるべき姿』の選択肢」で、今後のあり方の「良い」選択肢として示しているなかに、「イノベーション」というものがあり、その内容は、「ポテンシャルやデータの融合により、新技術の開発や、大阪スタンダード(大阪版ISO等)の創設が可能」となっています。ここで特に注目したいのは、新しい基準を創設するとしている点です。また、4枚目「新しく生まれ変わる組織の名称(案)」で示されている「大阪公衆衛生研究機構(仮称)」では、その構成する組織として、「疫学情報解析センター」、「食品安全センター」、「健康危機管理センター」の3部門の提示があるのですが、ここで問題にしたいのは「食品安全センター」です。先にみた「イノベーション」で示されていた基準づくりが、この「食品安全センター」の役割として示されています。その中身は、「食の安全日本一 ~全国唯一、生レバーが食せる街・大阪~」や、「大阪スタンダードの創設 ~厚労省トクホを凌ぐ大阪トクホ~」などとなっています。問題なのは、基準の創設など規制に関わるところに踏み込み、しかもそれは規制を受ける側に寄り添っていると考えられる点です。生レバーの販売禁止については、業界等から反発があり、当局の規制をめぐってホットな闘いがあるなかでの、このような「提案」なのです。

 

●ここからは、この「堤案」が、地方衛生研究所という公衆衛生の機関としてのあり方を如何に蔑ろにし、その役割を公衆衛生とは対極の位置に転換する意図をもっているかについてみていきます。

 

厚生労働省は、201249日付けで生レバー販売を禁止しました。この規制はどのように決まったのでしょうか。

 

厚生労働省は、1998年に生食用食肉の衛生基準を設定したあと、幾度か強化を図っていました。ところが20114月に発生した焼肉チェーン店での、広域にわたる腸管出血性大腸菌による食中毒事件をうけて、新たに規制を設ける検討がおこなわれました。検討は、「食品衛生分科会食中毒・乳肉水産食品合同部会」で2011年に2回、「薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会」で2011年から2012年にかけ計3回行われました。これら審議会では、屠畜処理に関する技術的問題や、細菌学的実態調査など非常に専門的な議論が展開されています。特に後者の審議会では公衆衛生関係ばかりではなく、規制を受ける側の業界団体代表者や、そこから依頼を受けた大学関係者が出席し、意見を述べています。規制をかけたい側とそれをできるだけ阻止したい側が、それぞれの主張を展開しています。ここでは、どちらの陣営の主張が妥当なのかを吟味しようとするものではありません。ここで重要なのは、規制が決められるときには、このように厳しくしたい側とそれを阻止したい側が対決する場になる、ということです。どちらの陣営も科学的データを駆使して主張を展開します。

 

審議会関係資料:

・食品衛生分科会食中毒・乳肉水産食品合同部会

議事録:

  2011年6月28

  2011年7月6

 

・薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会

議事録:

  2011年12月20

  2012年2月24

  2012年3月30

 

地方衛生研究所は、公衆衛生の機関として規制を厳しくする側にいます。この審議会でも、地方衛生研究所の協力で行われた実態調査の結果が資料として示されています。地方衛生研究所は公衆衛生の機関であり、規制を厳しくしたい側に立つことは自明です。ところが、大阪の「提案」では、規制を緩和する側につけようとする内容になっているのです。大阪の「提案」が法人化したあとの研究所に求めていることは、保有する技術を活かして伝統野菜の栄養成分を分析してデータを提供し、野菜に付加価値がついて地場産業に貢献する、ということとは全く次元の異なる「貢献」なのです。

 

2012330日に開催された審議会では、業界団体から提出された資料のなかに、「今後の検討事項」として「生食特区の創設」というものが記されています。それは、保健所やと畜現場での食肉検査所に協力を仰いで、一定エリア内を生肉・生レバーが衛生的に供給加工され、本人がリスクを取っていつでも飲食できるという、特区の創設が考えられたものです。

 

業界団体資料

全国食肉事業協同組合連合会専務理事小林喜一「生食・生レバーを衛生的に提供することについて」330日参考意見

 

 

大阪の「提案」が、このような業界の要望を受けて考えられているのかどうかは分かりません。明らかなことは、大阪の「提案」は、規制緩和を求める陣営に応えるものであり、本来規制を厳しくする側にいる地方衛生研究所を、規制を受ける側に立たせ、規制緩和に踏み込む検討をさせようとするものです。このように大阪の「提案」は、地方衛生研究所が本来担っている公衆衛生行政の一員としての役割を全く蔑ろにしているのです。

 

 

2013.1.18